ワインを広めたヴァン・ナチュールたち

ビオワイン、 ヴァン・ナチュール、自然派ワイン。

それぞれの言葉に違いがあってもなくても実際の味わいやワインの品質以上にそういった《言葉》は先走り、新たな飲み手を増やすことに貢献したのではないでしょうか。メディアと飲食業界からそれに関する業種が絡み、一般層が知り飲むきっかけができたのが大きな理由でしょう。日本において《それらのワイン》により、どれ位の《ワインを飲む人》が増えたのかはわかりませんが、ワイン業界にとって今までワインを飲めなかった・飲みにくかった人や美味しく感じなかった人達を決して少なくない数の《ワインを飲む人》として増やすことに成功したのではないかと思っています。また、今まで飲み続けていた人達でも《それらのワイン》に流れていった人達も当然いて、その勢いは加速的に増し長年ワインを飲んできた人達でも《それらのワイン》の表面的ではない魅力を知ってしまった人達の中には、新たに生産者となる者が現れその数だけ新たなワインも生まれます。生産者だけでなくインポーターとなる者も多く増え、身近なところではバーやレストラン、更に居酒屋でさえ《それら》を意識し、新店舗も増え続け、造り手〜飲み手〜飲まなかった様々な人達にまで非常に大きな影響をあたえ、《それら》は革命を起こしたと思っています。


しかし、急速に流行り広まったものはそれだけ冷めやすく、冷めてしまったときに《それらのワイン》の新たな飲み手となった人達は使い捨ての如く新しいものを求め・流行り待ち状態にならないでしょうか。実はもうジワジワと飽きや待ちが始まっているような気のするのは僕だけでしょうか?仮にワインに代わるそれ以上のものが出てくれば、《それらの言葉》に流れてきた人達はどれ位そちら側に流れていくのでしょうか…各自が本当に素晴らしさ美味しさを感じているのならばその数は最小限に留まると考えて、僕個人としては造り手より飲み手に興味があり今後の動向が気になるところです。



















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